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緊急企画!! テレビ界の先駆者 澤田隆治氏がネヴァーストップを叱咤激励!!
対談者プロフィール
 

今日は貴重な時間をありがとうございます。

僕は澤田さんが作ってこられた番組を見て育ったんです。それを見てテレビって面白いなぁって。澤田さんのつくってきた番組のリストを見ると、これ家族で見たなぁとか、お茶の間で流れたなぁとか思い出します。それでテレビの世界に入った。

でも今色んな壁にぶち当たってるんです。今、テレビの制作は比較的大きい制作プロダクションがあって、その下に全体の7割くらいの小さな制作会社があって、この図式が固定化されている。

 

なぜ制作プロダクションができたのか

民放テレビ局が生き残るためです。
現実に90%以上の番組
が局の外でつくられている。

局としては電波料を上げるのも限界がある。人件費を削るために社員をとらない方針になったり手間がかかる部署を切り離すなど、いろんな方策をとってきた。

テレビ局は局の利益のために積極的に外注システムを構築してきたんです。

そのうちに制作プロダクションというものが認められて、テレビ局と制作プロダクションの関係がイコールパートナーであるとこまでやっと持ち上げてきて、これが昭和の終わり頃。バブルもありました。局はどんどん儲かるし、社員はみんな楽しみたい。

創業から30年もたつと、定年は近い。働きたくない。疲れている。それと同時に日本全体が、景気いいからゴルフはやる車は買う。昔は車なんか役員しかもってなかったんですから。ゴルフなんか特権階級の楽しみで、平社員は誰もしらなかった時代です。それが若い社員までゴルフするようになる。縄暖簾の居酒屋で飲んでたやつがBARで飲むようになるみたいな。テレビ局自身が生活向上してきた。そうなると自分の手を汚したくない。下請けをうまくコントロールするやつが、偉いプロデューサーと見られる。そのプロデューサーシステムができてきて、いいプロデューサーにするために、一応ディレクターを経験しておいた方がいいという風に変わった。

あなた方はその頃からテレビ制作に参加した。
だから今2つの世代がテレビ業界を支えている。私は第1世代。あなた方は第2世代。

 

第1世代も第2世代もプロダクションというのはテレビ局から選ばれる立場。

この構図は何年も前から変わってない。

 

そう。
局とプロダクションはイコールパートナーと持ち上げられても実際はイコールパートナーなんかではない。

局は番組を選んで放送できるんです。「イコールパートナーというなら、もっとプロダクションに権利を認めてほしい」と言い続けないと立場は変わりません。

僕が制作会社をスタートさせる時の方針に「見込み制作だけは絶対にやらない」というのがあります。

いろいろ番組をつくっていると、どうしてもやりたい企画がでてくるものです。放送の枠が決まっていないのに「今やっとかなくては」と見込み制作する誘惑に負けそうになるけど、僕はやらなかった。というのも僕の親しいプロデューサーが見込み制作をして会社を倒産に追い込んだのを見ているからなんです。小型のビデオテープレコーダーが開発されて話題になった頃の出来事ですが、新しい手法で海外ドキュメンタリーをつくるという企画が通り、ネパールへビデオテープレコーダーをかついで取材に出かけた。ところが、予想以上の熱気と湿度で機材が動かずフィルムで撮影して帰国したんですが、ビデオでないと意味がないと納品拒否されて大赤字。それが引き金になって会社は倒産したというわけです。

局のプロデューサーは、いい企画をOKするだけでなく、納品拒否という権限も持っているということに気がついた。そういう事態を引き起こさないためにどうすればいいか。番組は局のプロデューサーと一緒につくっているんだと思うだけではダメで、現場でひとつひとつ局のプロデューサーに確認をとりながらつくる。別の表現をすれば、局のプロデューサーをいかに番組に引きずり込むか、これが制作プロダクションの番組づくりで納品拒否にあわないポイントだと教え込みながら30年やってきた。

第1世代の私達はこうした体験を第2世代にうまく受け継がしてリスク回避をしなければいけないと思っていますし、それを組合の場でいろんな形でやっていきたいですね。

 

創業して12年経った今も、自分は自社を零細だとしっかり明確にしているつもりです。

別に威張れることじゃないですけど、それを忘れるといつか
上に這い上がってやろうというハングリー精神を忘れてしまう。

そして今、零細経営10年目あたりでそろそろワンランク上に上がりたいと考えてるんですが、つくる番組のスケールアップがなかなか果たせない。これはどうしたらいいか?

我々に何が足りないんですか?

 

僕だって東阪企画という制作プロダクション会社を立ち上げた時にいい仕事があったわけではない。

最初は拾い仕事ばかり。プロデューサー出来るのもディレクター出来るのも僕1人しかいないんだから、企画が通るとスタッフを集めて収録、完パケにして納品。プレビューしてOKが出てから次の企画をセールスするしかない。こんな状況の連続でした。

こちらが企画を持っていかなかったら、その枠は別のプロダクションにとられますから体が2つほしかった。ディレクターを自分1人でやっていたら、次の仕事のセールスができない。これがテレビ局の社員で番組を作っている時と一番大きな違いでした。ディレクターを育てなければ制作プロダクションの未来はないと思いました。

仕事をワンランクアップさせようとすれば、それは企画しかない。SMAPの1人でもつれてくれば、吉本の人気タレントをブッキングできたらワンランク上の番組がつくれるかもしれないけど、それが全てでテレビの番組が成り立っているわけじゃないでしょう。

 

澤田さんは経験豊富で芸人さんも育ててきて、第1世代の制作プロダクション。私は第2世代。

でも、今は誰かが我々を育ててくれようというのは皆無なわけですよ。私はその荒波をいくしかない。

それで、局に企画を持っていった時に必ずいわれることなんですが、
「実績あるか」のひとこと。
私も色々企画を練って、リサーチをして局にもっていくんです。
しかし、最後にいわれるのが、「おたく実績ないからね、一応預かっとく」。

何度もこれで悔しい思いをしてきた。

 

これはもう粘り強く企画を持っていくのを繰り返すしかありません。

30年前だって同じ状況でした。いろんな企画を持って局へ行くと、親切なプロデューサーに「企画でおもしろいものをつくろうと努力するより、ドリフターズか三波伸介、堺マチャアキ、欽ちゃん、このうち1人のスケジュールをもらってきたらすぐ一枠渡せます。あなたならできるでしょう」といわれたんですけど、どうしてもスケジュールがもらえない。というのはそれぞれにテレビ局のプロデューサーがピッタリついていて寄せてくれない。一種のシンジケートを組んでいる。これは今はもっと強力になっています。

でも私はまったく違うタレント群を発見し、新しい形の企画の中で動かして番組をヒットさせた。ラッキーだったかもしれないけど、これしか現状打破の可能性がなかった。

テレビというメディアは新しいスターを育てて世に出すすばらしい装置だと私は信じて企画を考えていますから、あせらないし大スターに見向きもしない。それをつらいと思わないことしかないと覚悟するしかない。

 

願いはゴールデンタイムの番組を多く制作し経営を安定させたい。

しかし、企画を提案しても実績がないからなかなか制作力を信用してもらえない。やらなければいつまでも実績はつくれない。規模が小さいプロダクションは人材、資金、機材等も分散してまとまらない。企画はあっても誰も自転車操業で関われない。体力勝負になっちゃってる。誰かが倒れたら終わり。いつか思ってた夢もできない。

そう思った時、制作会社を止めようと思った。

 

でも何とか続けてるじゃないですか。

この仕事は1人でやっていると思ったらダメです。テレビの番組づくりは大勢のスタッフの才能をいかに集約して形にするかという作業で、1人でできるものではないんです。任せるところを任せ切るしかないメディアです。活字メディアと根本的に違うんです。いかにいいパートナーをみつけられるか、気の合った仲間をまわりに集められるかで決まります。

折角みんなでつくった組合があるんだから、これを活用するのが1番いいと思いませんか? 1人1人ではできないことでも力を合わせればできることがある。

「組合は何をしてくれるんですか」という社長がいる。その社長のしてほしいことをするために組合があるわけではない。社長がしてほしいことは自分の会社の組織を挙げてやり遂げればいいので、自分の会社ではなんともならないことを組合という同じ仕事をしている会社が集まっている組織に上げてみんなで知恵を出し合って解決する。

いや解決できるかどうかはやってみないとわかりませんが、何もしないよりはいいし、今までも組合員の役に立つことはしているはずです。

互助組合ですから、権利の拡大という点では弱い力しかありませんが、今テレビ番組をちゃんと制作できる会社は400社はあるといわれていますから、その半分200社が組織できれば少しはモノが言える団体になるかなと思っています。しかし、いくら強力な組織になっても組合が中心になって番組枠をとってきて組合員に渡すということにはならないと思います。

番組を制作する責任はそれぞれの会社にあっても組合はそれをサポートするためにあるのだという立場は変わらないと思います。

 

澤田さんのお若かった時代と今の若い世代で一番違う事は何ですか?

若い人の気質は20年前とどこが変わってしまったんですかね?

 

僕はテレビについて何も知らずにテレビ番組をつくる世界に入ってしまった。あなたはテレビは面白いと思ってこの業界に身を投じた。

今テレビの世界に入ってくる
若い人達は生まれた時からテレビがいつでも身のまわり
にあって、
特別なものではない。この差は大きいと思うね。

これは教えて埋まるカルチャーギャップではないと僕は思うから、僕は、スタッフは健康であればいい。もはやすごい才能のある人が入ってくる職業ではなくなっていると考えている。楽しそうな仕事だなと寄ってくる人を仕込むしかない。

5年現場で叩き込んだらなんとか役に立つ仕事です。5年でモノにならなくて、まだあきらめずについてきたら10年待つしかない。どんなドジなやつでも10年たてばベテランになっているから何かで役に立つ。

これは、私が制作プロダクション30年の経験から得たスタッフ論というべきものです。

 

いや〜だんだん勇気が湧いてきました。

今僕は、澤田さんがのり超えてきたものにまだまだぶつかっている途中なんですね。あとは自分は必ずやれるんだという意識と方法を自分の中にどう湧かすかなんですよね。

 

これからこの商売、どう変っていくかわかんないじゃないですか。
本当にわかんないですよ。

でも映像が映っているからテレビなんです。そしてその映像をつくっているのは我々制作プロダクションのスタッフじゃないですか。この関係は多分変わることがないでしょう。

ただね、若い子がこの仕事を選ばないというのが問題。「きつい、しんどい」という情報で判断されている。僕は今大学のクラスで笑いについて講義してるんですがね、300人以上いてテレビをやりたい人は、って聞いたら、たった3人ですよ。番組をつくる楽しさはどんな仕事より楽しいということを若い人に知らせる必要がある。

でもね、毎回情熱持って話しているから、期末には増えるかもしれへん。

 

今日は僕自身本当に励みになりました。

NSスタッフもこのページを見た人もテレビ界の先駆者であり、親父(オヤジ)的立場である澤田さんが私達にアドバイスをしてくれたということで「もう一度がんばろう」という気持ちが湧いてくるに違いありません。改めてありがとうございました。

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